各作品も最終回を迎え始めた2026年冬アニメ。
うち的には前クールから続いていた「グノーシア」なんか、すごくいい終わり方をしたと感じました。
その一方で現在多くの批判を浴びている作品が「死亡遊戯で飯を食う」です。
当初はかなり期待されていたこの作品ですが、結果を見ると受け入れられなかったと言わざるを得ません。
なぜこのようなことになったのか?
今回はうちの独断でアニメ「死亡遊戯で飯を食う」について思うところを書いていきたいと思います。
最初に断っておくと、あまり作品を批判することは言いたくないのですが、どうしてもこの作品だけは我慢ができませんでした。
うちは原作勢で小説もコミカライズ版も視聴をしています。
そのため、この作品のアニメ化を聞いた時には手放しで大喜びしました。
そんな気持ちを抱いて視聴した第一話。
一言でいうと最高でした。
原作でも1巻1章にあたる「ゴーストハウス」編。
これを1時間で一気に描き切ったのは凄いとしか言いようがありませんでした。
実際にこの第一話の内容はSNSでもかなり話題になり、「死亡遊戯で飯を食う」という作品が注目を集めることとなったのです。
ただ、うち的にはこの時点で若干の不安を感じていたのも否めませんでした。
それが幽鬼や金子の心理描写がやたらと描かれている点に違和感を感じていたのです。
なぜならこの「死亡遊戯で飯を食う」という作品はあくまでデスゲーム主体の作品。
どちらかというとB級推理アクションといった側面が強いのです。
ところが実写を盛り込んでまで描かれる心理描写の数々。
この結果、キャラに深みが出たのは間違いないでしょう。
ただ、うち的にはそこが違うと感じていたんです。
この作品はそんな人間の心理や思考を語るような作品ではありません。
そしてこの時感じた違和感はとんでもない形で終結することとなってしまったのです。
原作ではこの後、「キャンドルウッズ」編が描かれるのですが、飛ばして2巻の「スクラップビル」編が描かれました。
この時点でアニメの最終回は「キャンドルウッズ」編になるんだろうなと予測できちゃいましたね。
そしてこの「クラップビル」編ですが、デスゲームとしてまとまっていて面白かったと思います。
ただ正直なところ第一話ほどのインパクトがなかったのも事実。
後、ここでも御城の心理描写がやたらと描かれていたのでちょっと嫌な予感がしてしまいました。
そしてその予感は最悪の形で現れることに…。
そしてアニメ「死亡遊戯で飯を食う」を一気に終わらせたのが「ゴールデンバス」編でした。
これ原作を知らない人で内容を理解出来が人います?
おそらく誰もいませんよね。
原作派のうちが見ても意味不明すぎて頭がパニック状態になりました。
これはあかん。
もともと原作はアニメでは速攻退場した蜜柑の視点で物語が語られ、このデスゲームの大まかなルールが状況が分かるようになっていました。
そこはまんまカットして脅威の原作改変を行っていたのです。
これじゃ意味が分からなくなっても当然でしょう。
しかもその後も怒涛の原作改変をぶちかまし、吾妻が命を奪われた経緯や流れも完全無視。
永遠と描かれる御城の心理描写。
幽鬼とのシーンは百歩譲って許せますが、その後の狸狐とのやりとりも意味不明すぎ。
床に電流が流れている説明もなければ、やたらと発砲までに時間がかかる不自然な銃器。
しかも狸狐の最後も何が起こったから分からないという最悪の物語が展開されました。
正直モニターの前で固まってしまいましたね。
おそらく監督は御城という人間性と幽鬼とのかかわりを描きたかったのでしょうが…。
いやいや、この作品はそんな崇高な人間性がテーマの作品じゃないですから。
こうして最悪の展開となったこの作品は絶望的な最後を迎えることとなるのでした。
最早「ゴールデンバス」編を満た瞬間、全てを悟ってしまったうち。
絶対に「キャンドルウッズ」編でも同じことをやるだろうと思ったら、そのはるか想像の斜め上を行っていました。
まずアニメを見た人に言いたいのは、伽羅も萌黄もそんなに深堀りするキャラではありません。
とくに伽羅はただの殺人鬼です。
それをアニメでは丁寧にオリジナルでストーリーを作り、永遠と心理描写を描いていました。
しかもその内容がまた分かりにくい。
これでは感情移入できるわけないでしょうが。
しかもこのオリジナル演出をはさんだことで肝心のデスゲームの内容や展開は完全にフル無視状態。
いきなり大量の人が綿まみれになって、自ら命を絶つ人まで続出するなど、これほど視聴者をおざなりにする展開をうちは見たことがありません。
当然この「キャンドルウッズ」編も大批判の的になってしまいました。
一応、アニメの終わり方としてはタイトル回収も含めて綺麗には終わっていますが、内容が意味不明すぎてモヤモヤ感だけが残ったと思います。
それに最後白士がなぜ生きていたかの説明も全くありませんでしたしね。
辛辣な言い方をしてしまうとアニメの「死亡遊戯で飯を食う」は、監督の中で解釈された独自の「死亡遊戯で飯を食う」だったのでしょう。
つまり私達は監督の自慰行為を見せられたに等しいのです。
正直この作品はアニメを期に撥ねるポテンシャルを十分に持っていました。
それがこのような評価では当然2期もありませんし、原作が話題になることもありません。
この辺りはアニメ化が賛否両論となる典型的な例だったと言えるでしょう。
うちの中では近年まれにみる良作だと感じていた「死亡遊戯で飯を食う」。
残念という言葉以外見つかりません。